矯正豆知識

歯列矯正のリスクと限界

他の全ての医療と同じように、矯正治療にもリスク・限界があります。これらのことは矯正治療を始める前にぜひ知っておいていただきたいことになります。


リスクはありますが、それを上回るメリットがある場合、矯正治療を行います。矯正治療は口腔内の機能・形態を整えることでお口の中をよりよい環境へ整えていく治療で、患者さん自身もかみづらさや磨きくさ、見た目から開放され、非常に意義のある治療になります。不明な点がある場合は主治医とよく話し合うことが大切です。

①力をかけ歯を動かすことにより生じるリスク

矯正治療では、歯や歯周組織に矯正力を加える必要があります。人体の組織に外力を加え続けることは炎症反応を引き起こすことになります。矯正力を加えることで生じるリスクについてまずは説明していきます。

痛み

個人差がありますが、矯正力を加えることで痛みが生じます。矯正力を加えた数時間後から痛みが生じ始め、1〜2日後がピークになります。1週間ほどで痛みは落ち着いてきます。ピーク時の痛みの大きさは治療が進むと少しずつ小さくなっていく傾向にあります。

歯肉退縮

矯正力をかけることに加え、その方の歯肉の厚み、骨の量、歯の形、ガタガタの量、歯ブラシの圧など様々な要因が重なって、歯肉のラインが下る(歯肉退縮)が起こることがあります。また、そのことによりブラックトライアングルという隙間が発生することがあります。矯正治療により失った歯茎や骨が自然に回復する事は基本的にありません。

歯根吸収

歯が動く際に、まず歯を支えている骨が溶けていきますが、その過程で歯の根が溶けしまうこともあります。レントゲンを撮影すると、根の先が丸くなっていることがあります。歯周病などがなく、健康な状態の場合大きな問題はありません。もし重度の歯根吸収がおきていることがわかった場合は治療方法の再検討が必要になることがあります。

歯髄壊死

外傷の既往がある歯や歯を動かす量が多い場合、歯の神経が傷むことがあります。治療中に少しずつ歯の色が黒ずんでくることで発覚することが多く、その際には神経のテストを行った上で矯正力を一時的になくし経過を見ます。回復しない場合は将来的に歯の根の治療が必要になります。発生頻度は非常に少ないのですが、歯の寿命に直接関わってきます。

顎関節症状

「顎が痛い」「口が開かない」「顎から音がする」は顎関節症の3大症状です。顎関節症は様々な要因で引き起こされますが、かみ合わせもその要因の中の一つです。矯正治療中はかみ合わせが変化していきますので、治療の途中でこれらの症状が生じてくることがあります。また、矯正力が顎関節に負担をかけることもあります。もし、顎関節症状が生じた場合、矯正力を弱める、一時的に治療を中断する等の対応が必要になることがあります。

後戻り

歯は治療後元の位置に戻る傾向があります。そのため、装置除去後リテーナーを装着し後戻りを最小限に抑えます。長期的に見ると個々人の咬合力や歯牙形態に順応する過程で避けられない若干の歯の移動が多くの場合起こります。特に成人矯正においてはこの傾向が強まります。

②装置を装着することによるリスク

脱灰・虫歯・歯周病

歯磨きが悪いまま、取り外しのできない矯正装置をつけると虫歯や歯周病のリスクが上昇します。状況によって治療の一時中断をご提案する事もあります。

食べにくい

歯が動く事でかみ合わせが変わり、食事が取りにくくなります。また、装置に食べ物が絡まり飲み込みにくくなったり、食後は必ず歯磨きが必要になります。着脱型の場合でも食事前に外す手間がかかります。

話しにくい

お仕事での会話や友達と話をする際、伝わりにくかったり話しづらかったりすることがあります。特に歯の裏側に装置を装着する場合に顕著です。少しずつ慣れる方が多いように思います。

装置が当たることによる痛み

装置が粘膜に当たることで口内炎が生じたり、傷ついてしまったりすることがあります。原因を取り除けば痛みもなくなりますので、比較的すぐ対応が可能です。

矯正装置の脱落、誤飲・誤嚥

矯正装置を接着する場合、必ず外れるリスクがあります。医院での処置中や、硬いものを噛み砕く等で日常生活中に外れてしまった装置を誤って飲み込む事もあります。ですが、通常はそのまま排泄されますのでご安心下さい。ですが、ごく稀に気管の方に入る事もあります(むせても出てこなかった場合)。この場合は誤嚥と呼び、救急医療等への受診が必要になります。

③一部の方に生じるリスク

抜歯

十分なスペースがない場合や上下歯列の前後的なズレが多い場合、寿命が短い歯がある場合などでは矯正治療を行ううえで抜歯が必要となることがあります。基本的に抜歯を行うデメリットよりメリットが上回った場合にのみ行います。

修復物の再治療

詰め物や被せものは矯正治療前のかみ合わせに合わせて作られています。そのため、矯正治療終了後、かみ合わせが不十分な箇所が生じてくることがあります。その場合、かかりつけの歯科で被せ物の再治療が必要になります。

顎の外科処置

特に成長期の方の場合、上下の顎のずれあるいは成長に伴う顎の不調和が生じることがあります。治療中または治療後に受け口や非対称の傾向が強くなった場合、手術を併用した矯正治療を提案することがあります。また、治療中の協力が得られず矯正治療のみでは治療不可能と判断した場合、外科処置を検討することがあります。

悪習癖の影響

歯は一生動き続けます。特に影響を受けやすいのは口腔周囲の筋肉や舌からの力です。舌突出癖や低位舌・口呼吸などの不良習癖は、治療の進行を遅めたり、長期的な歯列の安定を不確かなものにします。悪習癖が大きく関与している空隙歯列・開咬は特に治療後の管理が難しいと言えます。吹奏楽を長時間・長期間行う場合も影響が生じてきます。

妊娠出産

妊娠中はホルモンバランスが変化し、はぐきが腫れやすくなり、骨の代謝にも変化が起こります。また、出産時に数ヶ月通院できなくなる期間がでてしまいます。


その他のリスク

患者さんの協力

矯正治療は術者の責任はもちろんですが、患者さんの協力・責任も大切になってきます。着脱型の装置を使用する場合、ご本人の協力が治療の結果・治療期間に大きく影響をおよぼします。不具合が生じた際の早期の報告・毎回のお約束に忘れずに起こしいただくことなども大切です。

精神的な負担

特にお子さんの場合、装置を使用することでお友達にからかわれたりすることがあります。装置を使用することで生じる見た目や痛みを負担に感じることもあります。その場合は使用する装置の変更や、使用時間の変更等で対応いたしますので、遠慮なくご相談ください。

治療結果の限界

歯は自由に動かせるわけではなく、骨格の範囲内でしか動かすことができません。すべての人が同じ骨格を持っているわけではないので、その方によって歯を動かせる範囲も変わってきます。特に上下顎の前後的・左右的・垂直的なズレがある患者さんの場合、緊密な咬合や自然な口唇閉鎖を矯正治療単独で獲得することが難しいことがあります。その他にも歯の移動を妨げる解剖学的な要因(上顎洞・鼻口蓋管・石灰化物等)や 機能的な要因(舌癖・舌突出癖・難治性の鼻炎による口呼吸・ブラキシズム等)により制限が生じることがあります。また、患者さんのイメージしていた完成形、術者のイメージしていた完成形に差がある場合、患者さんは満足な結果は得られなくなります。担当医と十分に意思疎通できる関係を作ることが大切です。


矯正治療のリスクを挙げましたが、治療を行うことで多くのメリットも生じるのが矯正歯科医療です。

治療開始前や治療中、ご納得できない点がありましたら遠慮なくスタッフにおっしゃっていただき、心配なく治療を進めていただければと思います。

関連記事